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「中抜き」という言葉が、見えなくしているもの

私たちはSES事業者です。エンジニアを現場に出し、その単価と本人への報酬の差で利益を得ている——世間の言葉でいう「中抜き」をしている側です。だから先に明かします。これはポジショントークです。そのうえで、感情ではなく、構造の話をします。

コラム / 構造論2026.06.24約7分で読めます#中抜き#SES#構造#オピニオン
— この記事でわかること —
  • 「中抜き=悪」という雑な物語は、仲介が引き受けている機能とリスク(営業・与信・労務・待機・事故対応)を見えなくしている
  • 批判が消えないのは、①仲介の価値は成功すると見えなくなる ②機能する仲介と寄生が外から区別できない ③構造の最大の受益者(発注元)が批判の外にいるから
  • 「中抜き」と呼ばれない唯一の道は、反論ではなく“良い仲介の実例そのものになる”こと。私たちはAIで機能を厚くし、マージンを取りながら本人の単価も上げる側に立つ

「中抜き=悪」という、ネットにあふれる雑な物語が、何を見えなくしているのか。感情ではなく、構造の話をします。

「中抜き」と呼ばれる仕事が、実際にやっていること

仲介業を「右から左に流して儲けているだけ」と書く記事をよく見ます。では、その「流す」の中身を分解します。私たちが日々負っているものは、こうです。

営業:案件をゼロから取ってくる。エンジニア本人が顧客の決裁者に会うルートを、私たちが作ります。

与信:顧客が支払わなくても、私たちはエンジニアに報酬を払います。逆にエンジニアが稼働しなくても、顧客への責任は私たちが負う。両側のリスクを引き受けています。

労務・契約:契約書、トラブル時の交渉、コンプライアンス。準委任か請負か派遣かという法的な線引きの責任も、私たちにあります。

待機(ベンチ)リスク:案件が切れた月も、私たちは人を抱えます。空白の損失は、私たちが被ります。

事故対応:常駐者が突然現場を離任すれば、その損害も、顧客との生々しい交渉も、すべて仲介である私たちが引き受けます。これは比喩ではなく、実際に私たちが経験してきたことです。

経済学はこれを仲介(intermediation)、あるいは裁定(アービトラージ)と呼びます。情報の非対称性、探索コスト、マッチングコスト、信用リスク——これらを引き受けて解消する機能です。商社も、証券会社も、不動産仲介も、卸売も、人材紹介も、構造はまったく同じ。差分を繋いで利益を生むことは、資本主義の定義そのものであって、それ自体は罪ではありません。

「右から左に流すだけ」の中身。マージンはこの5つの対価。
「右から左に流すだけ」の中身。マージンはこの5つの対価。
マージンは「抜いた」のではなく、機能とリスクの対価です。

それでも批判が消えないのは、なぜか

ここで終われば、ただのポジショントークです。私たちが本当に書きたいのは、なぜ正当な機能が「悪」と呼ばれ続けるのか、その構造の方です。理由は3つあります。

理由①:仲介の価値は、成功した瞬間に見えなくなる。 マッチングがうまくいった後、人は必ずこう思います。「これくらい、自分でも直接やれたのではないか」。価値の本体は、事前のリスクと探索にあります。案件が取れるか分からない段階で動き、信用を肩代わりする。ところが結果が出た後では、その不確実性はもう見えません。事後の結果しか見えないから、事前のリスクがタダに見えるのです。

理由②:本物の寄生と、機能する仲介が、混ざっている。 ここは、私たちに不利な事実も正直に書きます。多重下請けには、機能を果たす仲介と、ただ通すだけの業者の、両方がいます。公正取引委員会と厚生労働省が2024年に行ったフリーランス取引の実態調査でも、多重下請け構造のなかの「中抜き」は、解決すべき問題事例として挙げられています。

問題は、外からこの2つが区別できないことです。だから真面目にリスクを負っている事業者まで、まとめて「中抜き」と呼ばれます。批判が雑になるのは、書き手が悪いというより、見分けるための情報が表に出てこないからです。エンジニア本人ですら、自分の単価がいくらで、マージンがいくらかを知らされないことが多い。情報の非対称が、不信を生んでいます。

理由③:構造から一番得をしている人は、批判されていない。 多重下請けという構造を温存しているのは、本当は誰の都合でしょうか。発注元(エンド)の大企業です。日本では雇用の調整が簡単ではなく、人件費を固定費として抱えるリスクを、大企業は避けたい。だから「雇わずに、外から柔軟に人を買う」。その受け皿が、私たちSESです。

つまりこの構造の最大の受益者はエンドであり、SESはその都合が生んだ受け皿にすぎません。ところがエンドは「発注者」という立場ゆえに、最も見えにくい位置にいます。だから批判は、いちばん見えやすい末端の事業者に集まります。

構造の問題を、個人の道徳の問題にすり替える——これが「中抜き批判」の最大の誤りです。本来は発注元の調達姿勢、商流の不透明、その全体を問うべきところを、末端の一事業者の「強欲」の話に縮めてしまう。縮めた方が、記事は分かりやすく、燃えやすいからです。

なぜ人は、仲介をここまで嫌うのか

最後に、もう一段だけ深く掘ります。行動経済学の実験では、同じ利益でも「自分で作った人」より「間に立って取った人」のほうを、人は不当だと感じやすい——という傾向が、繰り返し示されています。仲介者の取り分は、たとえ正当でも「ずるい」と映りやすい。理由は、人間が経済をゼロサム(誰かが取れば自分が損する固定パイ)として直感するからです。仲介によって取引が成立し、パイそのものが増えるという事実は、直感に反するので処理されません。

そこに「汗水たらして働くことが尊い」「物を右から左に動かして儲けるのは軽い」という勤労観が重なります。仲介は、その美徳の対極に置かれやすい。

だから「中抜き=悪」という物語は、悪意で書かれているというより、人間の認知のクセが自動的に生産しているものです。構造が見えないのは、知能の問題ではありません。構造は、訓練しなければ見えないだけです。

では、当事者はどうするか

ここまで読んで、私たちが「だから仲介は全部正しい」と言いたいわけではないことは、伝わると思います。機能する仲介と、寄生は、分けられるべきです。問題は、その基準を外野の感情記事に決めさせてはいけない、ということです。基準を示せるのは、当事者だけです。具体的には3つあります。

本人の実入りを、市場より高くする。 取り分の内訳を説明して回るより、単価そのものを引き上げて、本人の手取りが業界平均を上回る状態を結果で示す。分配のゼロサムではなく、パイを大きくする側に立つ。

機能を厚くする。 ただ通すだけでなく、稼働の質を上げる。私たちの場合、それはAIエージェントを使ってエンジニア一人あたりの生産性を引き上げ、マージンを取りながら、本人の単価もむしろ上げる方向です。

構造を語る。 今書いているこの文章のように、批判を感情で受けず、構造で返す。

「中抜き」と呼ばれない唯一の方法は、反論することではなく、良い仲介の実例そのものになることです。

批判は人間の認知に根ざしているので、論破では消えません。消えないものと戦うのではなく、見える側に立つ。それが、この構造の上で当事者にできる、唯一の誠実な回答だと私たちは思っています。私たちは、仲介を恥じてはいません。ただ、恥じなくて済む仲介を作る責任が、こちら側にあるとは思っています。

よくある質問

Q. SESの「中抜き」とは何ですか?
エンジニアの単価と、本人への報酬の差分(マージン)を指す言葉です。ただしその差分は、営業・与信・労務・契約・待機リスク・事故対応といった機能とリスクの対価でもあります。「右から左に流すだけ」という理解は、その中身を見ていません。
Q. 「中抜き=悪」と言われるのはなぜですか?
①仲介の価値は成功すると見えなくなる ②機能する仲介と、ただ通すだけの業者が外から区別できない ③構造の最大の受益者である発注元が批判の外にいる——この3つが重なるためです。人は仲介者の取り分を不当と感じやすい、という認知のクセも背景にあります。
Q. 良いSES事業者を見分けるには?
マージンの対価として実際に機能(営業・与信・待機保障・育成・事故対応)を果たしているか、そして本人の単価と手取りが実際に上がっているか(例:AI活用で生産性と本人の単価を上げる)を見ることです。取り分の説明より、本人側の数字が上がっているかが分かれ目です。
石田 陽希
石田 陽希
日本AIセンター株式会社 代表取締役CEO / FDE(Forward Deployed Engineer)
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